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世界平和なう:サンタへのギフト

2018/01/18(木)
年が明けてからクリスマスのことを書くのもどうかと思うけど、まあいっか、ね。
 
去年のクリスマス前のことだった。
たまに家族で食べにいく庶民的な中華料理屋があって、その晩も紫婦人(妻)※1と二歳の子供と一緒にその店に行ったのだった。
 
もうそろそろ食べ終わる頃になって隣の席に客が一人座った。
どさっと腰を降ろしたその感じで大柄な人だなと思ったけど、腹が減っていたから、脇目も振らず食べていた。ぼくの隣に息子、反対隣に新たに入って来た客という位置関係。
 
ふと気がつくと、息子が食べる手を止めて何か呟いている。
「え?」
聞き耳を立てると、
「…サンタ」
と言っている
「サンタ?」
「…サンタ」
今や息子は反対隣の客をもろに指差して、
「サンタ!サンタ!」
と連呼している。
 
ぼくは慌てて、
「すみません、バカなこと言って…」
と言いつつその隣の客を見た。
 
真っ白な天パーの髪
白人でいくらか赤みがかった肌
ジョンレノンみたいな丸眼鏡の奥にブルーの瞳
口周りから顎一体を覆い尽くす白く立派なヒゲ
がっしりと厚みのある体に見事な太鼓腹
積もった雪を掻き分けて歩くのにうってつけのぶっとい脚……

上から下まで見てまた上に戻って顔を見る。
「…サンタ」
ぼくも思わず呟いた。
向かい側で食べていた紫婦人も
「二人揃って何…」
と思わず口をつぐんだ。
 
ノーメイク、ノーコスチュームの普段着姿なのにどこからどう見てもこれ以上の人がいないくらいのサンタ、キング・オブ・サンタなのだ。サンタもの映画のオーディションがあったら審査不要で主役に抜擢されるレベル。
 
サンタはピータンをつまみながら読んでいた新聞を置き、流暢な日本語で言った。
「…いやぁ、私ね、ほんとにサンタなんですよ」
「あははは」
ぼくも紫夫人も子どもへのサービスだと思って笑った。でも、この状況でサンタって言うのは逆に子どもの夢を壊すとか言う人もいそうだ。息子は自称サンタの真贋を見極めようとでもしているかのようにまんじりともせず凝視している。あいにく狭い店内が混んで来たのでそこで話し込むわけでもなく息子を連れて店を出てしまった。
 
お会計のために後に残った紫夫人だけがサンタとまた話すことになった。こんなやりとりがあったという。
「そろそろクリスマスシーズンなんで忙しいんです。」
とサンタ。
「え?!じゃあ冗談じゃなくてほんとにサンタさんなんですか?」
「そうです。そろそろ営業で千葉とか東京とか一日で2現場、3現場と掛け持ちになってくるのでけっこうキツいんです。」
「おつかれさまです。でも子どもたちは喜びますよね。ほら、ただ変装しただけのにわかサンタさんと違って、プロの方だとね。」
「私ね、6人兄弟の長男で両親が共働きだったもので、自分が子どもの頃からずっと下の子たちの面倒を見させられて来たんです。」
「それはまた…大変でしたね。でも今もまたお仕事で…(笑)」
「そうなんですよ。よりによってこんな仕事についてしまってね。運命なのかな…」
「ええ、本当にそっくりだから…」
 
才能を指す英語に贈り物を指すgift(ギフト)を使うことがある。人の才能、能力の場合は、ギフトだからと言ってただ何もないところにプラスされるものではないだろう。戦後の焼け跡、闇市時代に少年でありながらプロの博打打ちとして過ごした本物の無頼派作家・色川武大は、「欠点を補うような形で切なく生まれてくるものがその人の長所だ。愛嬌のあるものに限るけれど、どこか生きにくい部分を大事に守り育てていくことも人間にとって大事なことなんだ。」というようなことを語っている※2。
 
ぼくの知っている占い師の女性はこちらが話す前から相談内容を知っているぐらいだし、「当てる」というより「知っている」レベルで完全に超能力者だ。おかげでなかなか予約をとれないほどの人気占い師として活躍しているけれど、自分の夫が今どこかで浮気していることまでわかってしまうのだという。能力というより感覚だから捨てることも使わないでいることもできずにつらいだろうと思う。
 
サンタの彼にとって子どもながらに兄弟の面倒を見なければならない体験はつらいものだったろう。そのような境遇に生まれついた我が身を呪いたくなることもあったのではないだろうか。サンタそっくりの風貌さえ、今でも人の注目をいたずらに集める忌まわしいものかもしれない。けれど、それが日々の糧を得るための仕事になり、それを通して人の役に立つ喜びをもたらしてくれる。また、幼少時のしんどい日課を通して身に付いた子どもを扱う感覚は今の仕事にも役立っているかもしれない。
 
子守りをする役割を与えらて育ったこと、サンタそっくりの風貌に育ったこと、クリスマスという年中行事のある文化圏で暮らしていること、今サンタの仕事についていること、これは偶然なのだろうか。ぼくにはこの人の人生そのものが、本物のギフトのように思えるのだけれど。
 
※1 紫夫人:婿養子の妻。紫の服しか着ないことからある子どもに紫夫人と名付けられた。「紫以外の色を認識できない奇病で100万人に一人の確率で発症する」(婿養子談)。
  
※2「うらおもて人生録」(新潮文庫)という著書の中で語っている。子育て中の方にはマスト、ふだん本を読まない方にもおすすめです。無頼派作家が晩年に綴った愛の人生指南。ほぼ日読書会でも取り上げられてました。

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