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世界平和なう:“持ってる”あいつ

2018/03/03(土)
編集部注:実話ですが、非常にショッキングな内容を含んでおります。心臓疾患のある方、妊娠されている方、重要な資格試験や試合、縁談などを控えている方にはおすすめしません。
  
その日、友人のHは新宿で仕事をしていた。昼の休憩で飲食店に入り、そこでマグロの漬け丼を食べたのだが、その上にゴマがかかっていた。気管にゴマが入ってしまったのに気づくのと、むせたのがほとんど同時だった。
  
ピキッ
  
そんな音が腰から頭蓋骨まで響いたように感じられた。
  
(うっ!!!!!!!!)
  
激痛が走る。
あまりの痛みに声が出ない。
理由はわかっている。持病のギックリ腰だ。
ともかく仕事中だから現場に戻らなければいけないと気力を奮い起こして立ち上がり、なんとか清算を済ませた。店の外に出て数歩歩いた時、目眩がして路上に倒れてしまった。
通行人が、「大丈夫ですか!」と駆け寄って来てくれた。
「救急車…」
救急車を待つ間に嫁さんに電話して、すぐに車で迎えに来てくれと頼んだがどう急いでも1時間はかかる。
救急車に乗せられてからもギックリ腰ということで軽く見られたのか、なかなか受け入れ先が見つからず、ようやく病院に運び込まれたのだが、この病院というのが普通じゃなかった。
その建物は築50年は超えているように見えるがろくに手入れされた形跡がない。おまけにドブのようなひどい臭いが病院中に充満している。ナースコールがずっと鳴りっぱなしで看護師さんたちが走り回っているが追いつかない。ヤクザが銃で撃たれて「あそこは大丈夫だから」って連れて来られそうな、とにかく普通の病院じゃない感が満載。
痛み止めを使ってもらったのだがそれでも全然効かず、少しでも身動きすると痛むのでナースを呼んだ。
「痛みが…ひどくて…モルヒネとか…一番強いのを!」
「…もう少し待って下さい。院長先生が来ますから」
それだけ言うと立ち去ってしまった。
痛みに顔をしかめてベッドの上で悶絶してると、院長が来た。
「…ヘルニアっぽいね。とにかく近くの◎◎病院に行って精密検査受けるまでウチでは何もできないから、このまま寝てるしかないよ。」
とにべもなく言うと去っていった。
  
一方、Hから連絡を受けた奥さんのYは、伴侶の一大事ということで慌てて車を走らせた。ところがこちらも普通じゃなかった。高速のゲート前になんと「大きい男の靴」ぐらいの石が落ちている。それを避けて高速に入ったがさらに進むと、今度は鉄パイプが落ちているのを避けなければいけなかった。高速道路上で。こんなことってあるかなと嫌な予感がする。そこで慎重に運転していると、今度は前を行くトラックの積み荷を縛っているロープがほどけて段ボールが落ちてきた。が、距離が空いてたのでなんとか事無きを得た。これらがほんの30分以内に次々起こった。妙な体験には事欠かない亭主だが、今回は只事じゃないと目を細めるYだった。
Yは病院に着くなり鼻を突いた異臭にハッとした。昨日、Hが屁をした時の猛烈なドブ臭さと同じ臭いだったのだ。その時も「何を食べたらこんなドブみたいな臭いになるの?どっかおかしいんじゃないの?」と言ったばかりだったのだ。
Hは痛みに顔をしかめながら言った。
「臭いよね?でもそれどころじゃないんだ。この病院、なんかおかしいんだよ。みんな冷たいし。ナースコールが鳴り止まないし。」
「痛み止めは?」
「…今日の分、使っちゃったから我慢するしかないって。でも当直の先生呼んでもらったから…」
二人して待っていると、現れた医師の顔を見て二人とも絶句した。医師というのは治療する側の人間のはずだが、その医師の額には10針ぐらいの新鮮な縫い傷があり、抜糸も済んでいないのだろう、端から糸が垂れているではないか。
医師は言った。
「で、どうしました?」
二人とも「アンタはどうしたんだよ?!」と間髪入れずツッコミたくなる衝動を抑えるのに苦労した。
「………先生、とにかく痛みがひどいって言うんですけど、なんとか処置できないんでしょうか?」
呻いているHの横でYが訊いた。
「痛みねぇ…」
医師が腰や脚を触ると、Hは脂汗を垂らしながら「痛い、痛い」とわめいた。
「…痛い痛いってな、大の男が大袈裟なんだよ!」
医師はHの脚を布団落下防止用の金属の柵に何度も打ちつけた。
「ちょっと、先生!!」
「病院なんだから患者はみんな痛いんだ。苦しいんだ。それでも我慢してるんじゃないか!」
あちこちで鳴り響くナースコールが誰も我慢していないことを雄弁に物語っていた。ナースたちは「今日なんだろうね」とか「こんなこと今まであった?」などと口々に言いながら対応に追われている。
「とにかく今はどうしようもないんだ!」
と逆ギレして去っていく非情な医師だった。
「…Yちゃん、わかったでしょ?一刻も早くぼくをこの病院から脱出させてよ…」
「うん、わかった。今日は帰るけど、なんとかするから!今晩はこれで凌いで」
と言って持参した塩とお守りを手渡した。医療関係者の知人やら霊能者やらに相談することにして、ひとまず病院を後にした。
夜も更けてくるとHの腹が鳴って空腹を知らせた。そこでナースを呼び止めた。
「あの…お腹空いちゃったんですけど、何か食べるものありますか?」
露骨に嫌な顔をするナース。
「ごはんとみそ汁と…海苔ならありますけど…」
病院っておかずは置いてない所だっけ…(苦笑)と思ったが、出してくれなくなりそうなので飲み込んだ。
「…じゃあ…海苔だけ下さい。」
本当はもっと食べたかったが、少しでも動くと腰に響くのでそれしか頼まなかった。しばらくしてナースが温泉旅館の朝食で出る味付け海苔を持って戻って来た。
「…すみません。身動きできないので口に入れてもらえませんか?」
Hは仰向けのまま目だけでナースを見て言った。
ナースはまた嫌な顔。
「…あの…ついでに甘えたいとか、そーゆーんじゃなくて(笑)、ほんとに動くと痛いんです。ぼく一応、患者なんですよ!」
ナースは黙って束になった海苔をまとめてHの口に突っ込むと去っていった。
 
そんなこんなで夜は更けていった。 
ところでHは小6まで母親と風呂に入っていた。ある日父親に「おまえら、いつまで一緒に入ってるんだ!」と怒鳴られて止めたという。それと関係があるのかわからないが生来霊感が強い。Hから見ると、その病院には亡者の霊が溢れていたという。母親からふんだんに注がれてきた愛がだだ漏れになっているHに助けを求めてすがってきたのだろうか。
「うわ〜、嫌だな〜嫌だな〜、怖いな〜、自分のことだけで精一杯だってのに…」
と稲川淳二のようにボヤくHだったが、ふとポケットの中にある紙片に気づいた。数日前に鎌倉の由緒ある寺に行った時にもらった般若心経の紙が入れっぱなしになっていたのだった。これこそ不幸中の幸いと思い、一心不乱に般若心経を唱え始めた。
「摩訶般若波羅蜜多心経 観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄 舎利子 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 受想行識 亦復如是…」
亡者の成仏を祈りつつ彼らを天上に誘うようなイメージを浮かべながら続けた。
「あ、なんかこれ良さそう」
と思っていたのも束の間、なんと頼みの綱の般若心経の紙が半ばで切れている!しかし、なんとか雲の上ぐらいまで行ったところだったので、「あとはもう自分で行って!」と強く念じて終わりにした。それでなんとかなったらしい。そうこうしているうちに長い夜が明けた。その日のうちに地元の病院からコネを使って救急車を出してもらったYが来て、無事脱出することができたという。
  
それ以来、Hはゴマを断っているという。外食する時はまず目を皿のようにして料理を検分する癖がついてるそうな。みなさんもゴマにはくれぐれもご注意を!

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