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世界平和なう:きよしこの夜

2017/12/24(日)
ある冬の晩、ぼくは東京郊外の高尾とかあの辺にいた。当たりは山に囲まれていて民家も少なく、ろくに街灯もなかった。道にはスピードを上げた大型のダンプがたまに通るぐらいの辺鄙なところ。
 
ちょうど夕飯時で腹が減っていたぼくと彼女は、「もう、あそこでいいよね?」という感じでやっと見つけたそのフツーの大衆食堂に入っていった。
 
広い店内には先客が二人いた。彼らは店の真ん中に並んで座って隅におかれたテレビを見ながら食べていた。一人は40歳ぐらいの建設作業員風、もう一人はもう60歳ぐらいの男で「関節技の鬼」の異名を持つプロレスラー・藤原喜明にそっくりだった。強面の、一見その筋の人と見紛うようなタイプ。
 
テレビでは健康番組みたいなのをやっていた。
食事が終わると二人ともうまそうにタバコを吸い出した。
「なあ、何が体に悪ぃって、タバコだよな」
年配の方が言った。
「ああ、ちげえねえ。言いながら吸ってりゃ、世話ねえけどな(笑)」
と若い方。
「お前もな(笑)」
二人は顔なじみなのだろう。気のおけない間柄なのが端から見ていてもわかったし、自宅にいるように場に馴染んでいた。きっとこの店でよく顔を合わせてはこんな風に他愛のない話をする関係なのだ。
 
ぼくらのすぐ後から小学校低学年ぐらいの兄妹を連れた夫婦が入ってきて店の入り口付近に座った。
 
「仕事はどうよ?」
と若い方。
「ああ、いい仕事だ。朝送迎して夕方また送迎するまでの間、車の中で昼寝しててよ。それだけの仕事で一日○千円もらえんだ。」
「どこの送迎バスだっけ?」
「あの、○○って障害児の支援施設だよ。」
「ああ、あそこか。」
「バスで○○の道を走ってると、あのへん道が悪いからスピード出すとバウンドすんだよ。すっとよ、あいつらキャッキャ笑って喜ぶんだ。ほんで両手をこうやってやんだよ。」
「何だよ、それ?」
「後で施設の職員に聞いたらよ。手話なんだよ。これで『楽しい!』って意味なんだと。それでよ、最近簡単な挨拶とか教えてもらって手話で話してんだ。」
「子どもたちと?」
「ああ。朝よ、『おはよう!』っておれがやるとよ、向こうも『おはよう!』ってやんだよ。そんなことで親も喜んでくれるしな。最近ルートが変わって○○んとこ走ってんだけどよ。」
「ずっと同じコースじゃねんだな」
「あれよ、なんでコースを変えるかっていうとな、同じコースだとデキちまうからだよ、運ちゃんと母親が。おれは見たんだ。」
「ほんとかよ(笑)。自分の夢じゃねえのか?(笑)」
「本当だって。」
二人の会話を盗み聞きしながら、ぼくは何度も彼らの方を盗み見た。なんだか微笑ましい会話だった。
二人が会計を済ませて出て行った後、レジで店主の奥さんと話した。
「さっきの二人は常連さんですか? やりとりが面白かったですね。」
「そうそう。あの年上の方はね、昔この辺じゃ有名な不良だったのよ。応援団みたいな学ラン着てぶっといズボン履いて喧嘩ばっかりしてるような。初めてあの人が店に来た時は『嫌な人が入ってきたわ』と思ってねぇ。」
「地元の人なんですね」
「そう。で、高校出てすぐダンプの運転手になったのよ。もうとっくに引退しちゃって今は送迎バス運転してるんだけど」
「まだそんな歳にも見えないですけどね。」
「…事故やっちゃったのよ」
「事故?」
「そう。この近くの道でね。小さい子が車道に飛び出してきて轢いちゃったの」
「…それで?」
 
厨房でそれとなく話を聞いていたご主人が入ってきた。
 
「助からないよ。10トンダンプに乗ってたんだ。ペチャンコだよ。」
そんな露骨な言い方しなくてもいいのに(泣)。
「…で、交通刑務所に入ったんですか?」
「入ったのかな? ちょっと入ってすぐ出て来れたか、入らないで済んだのか覚えてないけど、とにかく刑は軽かったんだよ。」
 
「それがね、あの人は全く悪くなかったのよ。仕事はちゃんとやる人だから普段からすごく安全運転で無事故無違反でやってたの。それをみんな知ってたし、その時も目撃者が何人かいて、証言したのよ『あの状況なら誰が運転してたって避けようがなかった』って。」
と奥さん。
「それは不幸中の幸いでしたね」
「今でこそまた運転できるようになったけど、もうその事故でハンドル握れなくなっちゃってね…」
「…そりゃそうですよね。」
「そういう過去を知ってるからね…」
 
一瞬、みんな黙ってしまった。テレビから聞こえる落語家の声だけがやけに大きく聞こえた。
 
「あの人こないだなんか朝の送迎終わって昼寝してたらバスの中に一人しゃべれない子が取り残されてて降ろすの忘れてたんだって(笑)。ほんと抜けてんのよね。」
 
そんなふうに話していると、ぼくらの後から来た家族連れがそろってレジまで来た。
「…あの、私たち最近この近所に越してきた○○といいます。よろしくお願いします。」
「ああ、そうですか、こちらこそよろしくお願いします。」
と奥さん。
「この子はアトム、この子はウランです。」
父親は息子と娘をそう言って紹介した。本当に実名らしかった。すんごいキラキラネームだな、しかし。
「アトムは耳が悪くて喋れないんです。うちは共働きなので帰りが遅くなる時に子供たちだけでこちらのお店に来させても大丈夫ですか?」
「…もちろん、ウチはかまいませんよ。どうぞいらしてください。」
 
ぼくらはなんだか不思議な気分で店を後にした。
「意外と良かったね、あの店。」
「なんか降りてきてたよね、あそこに」
この近くに少しの間住んでたまにあの店に行ってその後の人間模様を見届けたいような気持ちだった。
あそこにいた何者かと一緒に。

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