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参加者紹介:ギター製作 ジョシュア・ユール「いつかみんなが平和に暮らせるように」

2017/09/01(金)
アースキャラバン東京(木場公園)のチャリティ販売用に米国退役軍人のジョシュア・ユールさんが手作りのまな板を寄付してくれました。

ジョシュア・ユール
ギター製作、木工職人、米空軍退役軍人
 
「私、ジョシュア・ユールは、イラク・アフガニスタン戦争に従軍した退役軍人です。戦争から帰還して軍隊を除隊した後、いつの間にか生活に支障を来すようになっている自分に気づきました。自分の精神と気持ちが穏やかではなくなっていました。
 
私は、もう一度心に平安を感じられるような生き方を探そうと決めました。
振り返れば、ずっと木工作業が好きでした。
精神科医は、木工作業に携わることで心の平安を取り戻すように勧めてくれました。だから私はその通りにして、今でも毎日木でギターや木工製品を作っています。
 
そして自分が見つけた心の平安を人とシェアしたいと思っています。
また、いつか人類みんなが平和に暮らせるようになることが私の願いです。」
 
 
ジョシュは沖縄で生まれ育った。成人した後で米国に移住してから10年以上軍人だった。今から3年ほど前、定期的に行われる健康診断で続行不可能と判断され、除隊したという。やめて少し時間が経ってからPTSDを発症し、今でも後遺症を抱えたまま暮らしている。
 
彼の場合は相当にラッキーな方だろう。理解ある奥さんがいるだけでなく、専門的な訓練を受けたPTSDドッグが傍らにいて、彼が不安を感じたり、呼吸が乱れたりすると、本人より先に異常を察知して「ここから離れよう」とか「この人とはもう話さない方がいい」とか回避行動を促してくれるのだという。家族のほかにギターや木工製品の製作など手作業に没頭する時間があることも幸いして状態は安定しているという。
 
彼は気象予報士という立場で戦場に赴くことなく働いた。だから最初の10年ほどは自分が戦争に参加する仕事をしているという感覚はなかったという。実際、大きな地震など災害の際には救出、救援活動に間接的に参加して人の役に立っているというやりがいもあったという。
 
それが湾岸戦争が始まって間接的に戦争に参加するようになると状態が変わってきた。不眠などの症状はあったが、自分では自分の状態を客観的に判断できなかったという。定期検診で「きみはもう参加できない」と言われて初めてやめることができた。病んでいるかどうかを決めるのは自分ではなく軍だった。検査の結果、まだ行けると見なされれば続行だし、もう危険だと言われればやめることになる。
 
実際、米国本土で任務につく兵士でさえ、次々に病んで辞めていくのだという。最新の軍事研究では次世代の兵士の戦闘服には医療用モニターが織り込まれ、体温、脈拍などのデータをリアルタイムで遠隔監視しながら、兵士の負傷状況などを把握して作戦に活かす技術が研究されているという。生きた人間がゲームのコマのように扱われる様はまさに戦略シミュレーションゲームの世界そのものだ。
 
湾岸戦争では無人機によるピンポイント爆撃のシーンをニュースで繰り返し見させられた。ハイテク化が進み、前線で直接敵兵と対峙する機会は減ったものの、それでもやはり戦争で人は病む。一方的に攻撃した側でさえも。
 
それはどれほど正当化しようとも戦争が人殺しであり、どんな形であれ、それに加担することが人間の良心にとって受け入れられない蛮行だからではないだろうか。安全な環境にいた加害者が傷つき、病むこと。その現象だけを見るならば、確かにそれは第二の悲劇には違いないけれど、かえってそこにこそ、いつか人間が戦争と決別できるという予感と希望を感じることができる。
 
人は自分がしていることの意味をみんなわかっている。情報操作や訓練で脳を騙すことはできても無意識は「他者を傷つけること」と「自分が傷つくこと」との間に境界がないという真実を知っている。意識がそれを認めないならば、無意識は心身を通じて表現し続ける。
 
米国退役軍人の一日当たりの自殺者は約20人。
 
ジョシュの奥さんは時々いくらかの本気を交えて冗談を言う。
 
「明日の朝も目を覚ましてね」と。
 
 
※「戦争の後遺症に苦しむ退役軍人」というイメージからどんな人を想像するだろうか。この写真は自民党新潟青年局の政治学校ポスター(「政治って意外とHIP HOP。ただいま勉強中。」というコピー)を見た彼が自撮りで作ったパロディ版なのだが、日本語が全く意味不明だ。ともかくユーモアのある人で良かった。

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